自分を責めるクセがある人ほど、人生は静かに疲れていく

自己肯定感

何かうまくいかないことがあると、すぐに「私が悪かったのかもしれない」と思ってしまう。

相手が不機嫌そうだと、自分の言い方がよくなかったのかなと考えてしまう。

人間関係で少し気まずいことがあると、必要以上に引きずってしまう。

私は、ずっとそうでした。

何かあると、まず自分を見直す。
私がもっとちゃんとしていればよかったのかな。
私が気をつけていれば、こんな空気にはならなかったのかな。
私が我慢すれば、おさまるんじゃないかな。

そんなふうに、気づけばいつも自分に原因を探していました。

でも今は思います。

あれは、本当にいつも私が悪かったからではなく、まず自分を責めることで、その場を何とかおさめようとしていただけだったのだと。

自分を責めるクセがある人ほど、表面では普通に暮らしていても、心の中ではずっと緊張しています。

人に苦しいとは言えない。
つらいとも言えない。
でも静かに、少しずつ疲れていく。

今日は、そんなことについて書きます。

自分を責めるクセは、性格ではなく生き方の名残かもしれない

自分を責めやすい人は、「私の性格だから」と言うことがあります。

でも私は、それはただの性格ではないと思っています。

むしろ、これまでの環境の中で身についた反応であり、自分を守るための生き方の名残なのだと思うのです。

たとえば、周りの空気を読むことで安心できた。
自分が我慢すれば丸くおさまることが多かった。
言い返すより、自分が悪かったことにしたほうがその場が静かに終わった。

そういうことが重なると、私たちは少しずつ「何かあったら、まず自分が悪いと考える」という反応を身につけていきます。

それは弱いからでも、考えすぎる性格だからでもありません。

そのときそのときを必死に生きてきた結果です。

私も、自分を責めることでその場を守ってきた

私自身も、何かあるとすぐに「私のせいかもしれない」と思いやすいところがありました。

相手を責めるより、自分が悪いと思った方が早くおさまる気がしていたし、そうした方が大きな波風が立たないことも多かったからです。

でも、その生き方は、その場を守ることはできても、自分の心までは守れませんでした。

表面では何も起きていないように見えても、心の中ではずっと緊張している。
何かあるたびに反省会をして、夜になるといろいろ思い出して苦しくなる。
人に会うだけでどっと疲れる。

外からはわかりにくいけれど、こういう疲れ方はとても深いのです。

自分を責める人ほど、静かに疲れていく

自分を責めるクセがある人は、心の中でずっと自分に厳しくしています。

あの言い方でよかったかな。
嫌な思いをさせたかな。
もっとちゃんとできたんじゃないかな。
私が気をつければよかったのかな。

そんなふうに、誰にも見えないところで、ずっと自分にダメ出しをしている。

すると、大きな出来事がなくても疲れます。
何もしていないのに心が休まらない。
人と会うだけでどっと疲れる。
夜になると、いろいろ思い出して苦しくなる。

これは怠けているわけでも、気にしすぎているだけでもなく、心がずっと緊張しているからです。

だからこそ、「もっと気にしないようにしよう」「前向きになろう」だけでは、なかなか楽になれないのだと思います。

最初に必要なのは、直すことではなく気づくこと

自分を責めるクセをなくそうとすると、それがうまくできなくて、また自分を責めてしまうことがあります。

だから最初は、直そうとしなくていい。

まずは、

また私、自分を責めていたな。
本当は少し無理していたんだな。
私は責めたいんじゃなくて、傷つきたくなかったんだな。

そんなふうに気づいてあげること。

それだけでも、心は少し軽くなります。

人は、人にわかってもらえると楽になるけれど、自分で自分の気持ちに気づけたときも、実はすごく楽になるのです。

私は、「どうして私はこんなに自分を責めるんだろう」ではなく「それだけ一生懸命、生きてきたんだな」そう思えるようになってから、少しずつ自分への見方が変わりました。

自己肯定感が低いのではなく、自分を後回しにしてきただけかもしれない

「自己肯定感が低い」と感じる人の中には、本当は自分の価値がないと思っているというより、ずっと自分を後回しにしてきただけの人も多い。

私はそう感じています。

誰かを優先すること。
空気を壊さないこと。
ちゃんとしていること。
迷惑をかけないこと。

そうやって生きてきた人ほど、自分の気持ちを守ることに慣れていません。

だから苦しいときでも「私が我慢すればいい」になってしまう。

でも50代からは、少しずつでいいから自分を後回しにしない練習をしていいのだと思います。

すぐに自分を好きになれなくてもいい。
前向きになれなくてもいい。

ただ、これ以上、自分を傷つけすぎないこと。

そこからで十分です。

自分を責めない生き方は、自分を幸せにする人生につながっていく

自分を責めないって、甘やかすことではないと思っています。

本当は何がつらいのか。
どこで無理しているのか。
誰に気をつかいすぎているのか。
何を背負いすぎているのか。

そこをちゃんと見ることです。

そして、必要以上に自分を悪者にしないこと。

私は今、何かを選ぶとき、前みたいに正しいかどうかだけでは決めません。

この選択は、私にどんな感情を味あわせるだろう。

そこを見るようにしています。

安心なのか。
軽さなのか。
自由なのか。
ほっとする感じなのか。
それとも、
罪悪感なのか。
重たさなのか。
緊張なのか。
我慢なのか。

自分を責めるって、自分にずっと苦しい感情を味あわせ続けることでもあるんですよね。

だからこれからは、責めるより安心。
追い込むより軽さ。
我慢よりほっとする感じ。

そういうものを、自分に持たせていいのだと思います。

誰かのために生きる人生から、自分を幸せにする人生へ

ここまでずっと、誰かのために生きてきた人は多いと思います。

私もそうでした。

でも、これから先もずっと自分を責めながら生きなくていい。

何かあるたびに「私が悪いのかもしれない」で終わらなくていい。

まずは、私は何がつらかったんだろう、と自分に聞いてあげればいい。

そこから少しずつ、自分を責めない生き方は始まっていきます。

誰かのために生きる人生から、自分を幸せにする人生へ。

自分を責めないことは、そのための大事な最初の一歩なのだと思います。

なるみ

noteでは
「私が悪いのかもしれない」と思ってしまう日に、思い出したいことというテーマで書いています。

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